2026/08/25 07:28
その犬の名前は、カート。
10歳半で亡くなった。
ソファの上で日向ぼっこをすることと、夕方になると近所の公園へ散歩に行くことが大好きな子だった。
いつもニコニコしていて、とても優しい。
その一方で、吠えることが苦手で、嫌なことや困ったことがあっても、じっと我慢してしまうようなところもあった。
9歳になった頃、首にしこりが見つかった。
悪性リンパ腫だった。
そこから、1年半の闘病生活が始まった。
失明。
2度の大きな手術。
酸素ボックス。
病気になる前にはぴったりだったのに、痩せてブカブカになってしまったハーネス。
いろいろなことがあった。
そして僕が東京でのイベントから帰ってきて2日目、カートは旅立った。
そのすべてが悲しかった。
亡くなったあとも、いろいろな感情にさいなまれた。
もっと何かできたんじゃないか。
あれでよかったんだろうか。
そんなことを何度も考えた。
光を失ってから、カートは以前のような表情をあまり見せなくなった。
でも、一度だけニッコリと笑った写真がある。
心肺停止したあと、蘇生が成功したと聞いて、僕が慌てて迎えに行ったときだった。
病院へ着くと、カートはしっぽを振って僕を待っていた。
そのときの写真だった。
僕は、黙々とそのカートの時計を作った。
何かを作っていないと、このまま悲しみの海に溺れてしまいそうだった。
そうして、一台の時計ができた。
不思議なことに、その時計は時間を見るためだけのものにはならなかった。
時計を見るたびに、そこにいるカートが僕に教えてくれる。
カートは幸せな犬だった。
たくさん愛された犬だった。
あの時間は、悲しいことだけではなかった。
僕はこれまで、100台以上のオーダー時計を作ってきた。
亡くなった犬や猫の時計を作ることもあった。
そのたびに写真を見て、飼い主さんからその子の話を聞いて、一台ずつ作ってきた。
もちろん、大切な存在なのだということは分かっていたつもりだった。
でも、自分がカートを失って初めて、注文してくれたお客様の気持ちが少し分かった。
僕が今まで作っていたものは、時計じゃなかった。
命の羅針盤だった。

時間を見るたびに、一緒に過ごした日々が確かに存在したこと。
愛したことも、愛されたことも消えないこと。
そして、残された自分はこれからも生きていくこと。
カートの時計を見ていると、僕にはそう思える。
僕が死ぬ日まで、カートは空の上で待っていてくれる。
だから、それまではこっちで頑張れ。
そんなふうに、今でも僕を応援してくれている気がする。
100台以上作ってきて、ようやく分かった。
オーダー時計を作るということは、その子の姿を木で再現することではない。
その人と、その子が一緒に生きた時間を形にすることだった。
僕が作っているものの意味を、
最後はカートが身をもって教えてくれた。

